「つけ麺きらり」臨時休業。アドリブで歩く中書島、大手筋、そして「エステムコート伏見丹波橋」【kyoto1192】

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「つけ麺きらり」臨時休業。アドリブで楽しむ伏見の街

27歳の頃から結婚するまでの4年間、私は伏見・丹波橋に住んでいた。
酒蔵も川も商店街も、すぐそこにあった。

それなのに当時の私は、仕事に追われ、会社と家と大手筋の王将くらいしか知らない生活を送っていた。

27歳から結婚するまでの4年間、この酒蔵の近くに住んでいた。玉乃光の看板があった記憶がない。


 

 

この日、中書島へ向かう理由は単純だった。


 

「つけ麺きらり」で昼飯を食べるためだ。
だが、店の前に貼られていたのは“臨時休業”の紙。


 

ランチ難民になった私は、そのまま伏見の街を彷徨い歩き、スパイスカレーとレゲエの音が流れる「アイリー ノボリタイ」へ辿り着く。この日の気温は32度。


 

そこからだった。
昔住んでいた街の風景が、急に違って見え始めたのは。

登り鯛カレーと黒ラベル(小瓶)。ビールとスパイスカレーとレゲエはとにかく合う。この世の楽園。


 

当時の私は、伏見をほとんど見ていなかった。

朝は仕事へ向かい、夜は疲れ果てて帰宅する。
休みの日も寝て終わる。
生活圏は駅とコンビニと大手筋の王将くらいだった。

本当はすぐ近くに、酒蔵があった。
川があった。
古い木造建築や、湿った路地や、暖簾の灯りがあった。

だが、あの頃の私には見えていなかった。

街を見るには、時間だけでは足りない。
少しだけ“心の余白”が必要なんだと思う。

今回、中書島から丹波橋へ歩きながら、昔住んでいたマンションの周囲を久しぶりに歩いた。

「こんな店あったっけ?」
「この建物、こんなに味あったんや」

不思議なくらい、街の見え方が変わっていた。



こうして歩いてみると古い建物が多く、解体せず何かに生まれ変わろうとしている風景も多く見られた。


 

歴史を感じる渋い建物が数多く残されています。


何のお店か気になり、思わず立ち止まり格子の間から店内を思わず覗いてしまった

若い頃は、「便利かどうか」でしか街を見ていなかった。
でも今は、少し不便な路地や、古びた建物や、夕方の川沿いに人の営みを感じる。

街も変わったのかもしれない。
でも、本当に変わったのは、自分のほうなのだろう。



私の住んでいたマンションの周りにコンビニがなく、コンビニ感覚で寄ってたお店がここ。


 

 

 

 

 

「エステムコート伏見丹波橋」が映す伏見の現在

かつて自分が暮らしていたマンションのすぐ近くでは、新築分譲マンション「日商エステム」の『エステムコート伏見丹波橋』が建設されていた。


 


 

27歳の頃、まさかこの街で新築分譲マンションを“買う街”として語る日が来るとは思っていなかった。

当時の私にとって、伏見・丹波橋は“生活する街”ではあっても、“街を味わう場所”ではなかった。

京阪いや、職場は烏丸御池だったので近鉄に乗って会社へ向かい、疲れて帰って寝る。
見えていたのは真っ暗な丹波橋通ぐらいだった気がする。

だが今、改めて歩いてみると、この街には思っていた以上に層がある。

酒蔵。
川。
古い商店街。
湿った路地。
伏見稲荷へ向かう観光客。
大阪へ流れていく京阪電車。

京都都心とは少し違う時間が流れている。

伏見は、単なる住宅地ではなかった。


 

そんな街に、『エステムコート伏見丹波橋』は建設されていた。

興味深いのは、この場所に“今”新築分譲マンションが供給されているという事実だ。

京都市内の新築マンション価格は大きく上昇した。
中心部では、一般的な会社員世帯にとって新築分譲マンション購入のハードルはかなり高くなっている。

ただ、その受け皿が単純に伏見へ向かっているかと言えば、実際はもう少し複雑だ。

現在の京都市内では、西側、特に阪急沿線の強さを感じる場面が多い。

桂。
西院。
向日。
長岡京。

大阪アクセス、生活利便、再開発。
実需ファミリー層の流れを見ると、西側の存在感は大きい。

 

一方で伏見は、少し違う立ち位置を目指しているようにも見える。

象徴的なのが、旧伏見工業高校跡地の開発だ。

京都市が進める脱炭素先行地域構想の一環として、阪急阪神不動産・京阪電鉄不動産・積水ハウスらによる、ZEH住宅を含む約549世帯規模の多世代共生タウン整備が進められている。

単なるマンション供給ではない。
「人が住み続けられる京都」をどう維持するか。

その試みが、伏見で始まっているようにも見える。



伏見工業高校跡地、撮影2026年2月


 

さらに面白いのは、『エステムコート伏見丹波橋』の事業主が日商エステムであることだ。

大阪都心や都市型レジデンスの印象が強いデベロッパーが、伏見・丹波橋で分譲マンションを展開する。


 

それは、伏見という街が単なる“京都の住宅地”ではなく、京阪沿線を通じて大阪ともゆるやかにつながるエリアだからなのかもしれない。

実際、中書島から京阪電車に乗れば、そのまま淀を抜け大阪方面へつながっていく。

伏見は京都の南なのか。
それとも大阪都市圏の北端なのか。

街を歩いていると、その境界線が少しずつ曖昧になっている気がした。


 

 

 

 

水運の街・伏見は再び人が流れる場所になるのか

中書島は、“京都のローカル駅”では終わらない。

京阪電車は、大阪へつながっている。
さらにその先には夢洲がある。

万博開催時には、「夢洲と伏見を舟運で結ぶ構想」も話題になった。



伏見船着場


 

実際、伏見港周辺はかなり整備されていた。


水辺は驚くほど美しく、濠川沿いの緑も印象的だった。

京都の川と言えば鴨川ばかり注目される。
だが伏見には、また違う水の風景がある。

もっとも、船着場のおっちゃんは笑いながらこう言っていた。

「川底浅いからなぁ。大型船は伏見まで来れへんのちゃうか」

現実は簡単ではない。

それでも、水運の街だった伏見が再び“水辺”を意識し始めているのは確かだ。

そして面白いのは、京阪沿線が持つ“観光動線”の広さである。

中書島から南へ行けば淀。
競馬場がある。

もし夢洲にIR・カジノが本格開業すれば、“ギャンブルツーリズム”という新しい人の流れが生まれる可能性もある。

海外旅行客が、夢洲から京阪に乗り、淀で競馬を楽しむ。

以前なら少し荒唐無稽に聞こえた話も、今は完全には否定できない。

さらに北へ向かえば、伏見稲荷


清水五条。
祇園四条。
三条京阪。
宇治方面へもつながる。

鞍馬や滋賀まで含めれば、京阪電鉄は単なる私鉄ではなく、“京都観光の背骨”のような路線にも見えてくる。

しかも今、三条京阪周辺では新たな開発の気配も漂う。

京都駅一極ではない。
阪急沿線とも違う。

水辺。
観光。
ナイトカルチャー。
大阪接続。

その全部を曖昧に抱え込んでいるのが、京阪沿線なのかもしれない。

中書島を歩いていると、この街が再び「人が流れる結節点」になろうとしているようにも見えた。


 

 

 

 

大手筋は“衰退”ではなく更新されている

かつて当たり前に存在していたものが、静かに消えていく。

大手筋からはマクドナルドが消え、三井住友銀行も姿を消した。



「マクドナルド伏見桃山店」は2025年3月31日(月)20時をもって一時閉店。一時というのが気になる。


 

「三井住友銀行伏見支店」は2024年5月27日(月)に店舗の営業を終了し六地蔵にあるMOMOテラスに移転リニューアルオープンしている。

だが、不思議と“大手筋が衰退している”という感覚はなかった。

実際に歩くと、人は多い。
買い物客もいる。
飲食店には活気がある。

むしろ街は、全国どこにでもあるチェーン的な風景から、“伏見らしい混ざり方”へと変わり始めているようにも見えた。

スターバックスのような全国チェーンが入り、うなぎの助のような資本系外食も見える。
その一方で、昔からの個人店や酒場も残っている。



「スターバックスコーヒー伏見桃山店」は2025年3月25日(火)オープン。


 

均質化ではなく、“混在”。

それが今の大手筋の姿なのかもしれない。

観光でもない。
生活でもない。

その中間の曖昧さが、この街の現在地なのだと思う。



「うなぎ乃助 伏見桃山店」は2026年3月1日(日)にオープン。

大手筋を歩いていると、街の変化が少しずつ見えてくる。

解体中の「プラザ大手筋跡地」

その近くでは、「ブランズ伏見桃山」が存在感を放っていた。

1・2階部分には「イオンスタイル伏見桃山」が入る。

日々の暮らしを考えると非常に強い。

雨の日でもエレベーターでそのまま買い物へ行ける。
高齢化が進む京都では、こうした“生活動線”の価値は今後さらに高まっていくのかもしれない。

75㎡台で6,500万円前後だった。
決して安くはない。

それでも売れ行きは悪くなかった。

伏見は今、“安い京都”ではなくなりつつある。

そして「プラザ大手筋跡地」に見えたJR西日本プロパティーズの名前が妙に印象に残った。

現在、JR西日本プロパティーズは桂でも新築分譲マンションを展開している。

京都の西。
そして京都の南。

 

デベロッパーたちは今、京都中心部とは少し違う場所で、新たな住宅地の可能性を探り始めているようにも見える。

もちろん伏見は、京都都心のような派手な再開発エリアではない。

だが中書島から大手筋を歩いていると、この街が今も“生活都市”として静かに更新され続けている事を感じる。

全国チェーンが消えていく一方で、新しい店が生まれ、マンションが建ち、人の流れも少しずつ変わっていく。

観光地でもあり、住宅地でもあり、水運の街でもあり、大阪へつながる沿線都市でもある。

伏見は今、そのどれか一つに定まろうとしているのではなく、それらを混ぜ合わせながら次の形を探しているように見えた。


 

 

 

 

 

中書島の夜

本当は、中書島の「スタンド」で静かに一日を終えるつもりだった。


 

暮れてゆく中書島の通りを眺めながら、一日の終わりにエンドロールが流れる。そんな終わり方のはずだった。


 

そして店を出ると、もうそこは夜の中書島だった。


 

昼間とは違う、美しい街が現れていた。


 

サブカル的な女の子のイラスト看板。
妙に気になって、そのまま吸い込まれるように店へ入る。


 

つけ麺きらりの臨時休業から始まり、スパイスカレーを食べた「アイリー ノボリタイ」の話を店主としていた。

「あのお店は間違いないっす」

街を知ってる人間の“間違いない”には妙な説得力がある。

そして「ラーメンならどこです?」と聞くと、「ぎょうざの店 冨士」の名前が返ってきた。

「おばあちゃんが……」

その言葉だけで、もう行く理由としては十分だった。


 

昼間には見えなかったお姉さん達が、さほど呼び込みをする気もなさそうに通りに立っている。


 

大手筋商店街の入口にも、また別のお姉さん達。

観光地の京都とは少し違う。
京阪沿線らしい夜の湿度が漂っていた。

そして辿り着いた「ぎょうざの店 冨士」。

初見でも躊躇なんて無かった。
いや、正確には酔っていたからだろう。


 

「濃ゆい餃子やで、お兄ちゃん」

そう言いながら、お婆さんは笑った。

珉珉三条店と同じ時期に開店したので、京都で最初の餃子店だという。
王将が生まれるよりさらに前。

そんな話を聞きながら、隣では中間管理職らしき常連客が仕事の愚痴をこぼしていた。


 

昼間とは違う顔の中書島。
そして大手筋。

観光地でも再開発エリアでもない、人の生活が滲む夜の空気。

27歳の頃には見えなかった風景が、今になってようやく見えてきた気がした。


 

 

 

 

 

 

おわり

 

 

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